ある日、息子がくれた資料
私が高校生の息子からゲイであることをカミングアウトされたのは去年の1月のことでした。息子はそのとき「正しく理解してほしいから、これを読んで!」そう言って『同性愛の基礎知識』という資料をくれました。
それまで私が持っていた同性愛に対する知識は「人間は自己愛から始まって同性愛、異性愛へと成長していく」というものでしたので、「一体どうしてうちの息子が・・」という驚きはありましたが、今は思春期だからいつか異性愛に変わるだろう・・と考えました。
性の知識に驚く
でも、息子の話を聞いているうちに私の知識が間違っていることに気づきました。同性愛はほぼ生まれついていること、昔からどこの国にも数%は必ず存在していたが少し前までは病気と考えられていたこと、キリスト教では罪とされているしイスラムの国々では今でも死刑になるなど、大きな差別を受けていること。
そして本人も異性愛が当たり前の社会で育ってきたので、最初は自分の感情が受け入れられず深く悩んだことなど、自殺を考えたこともあるという息子の話にただ驚くばかりでした。
私には学ぶ機会さえなかった性の知識を、息子はすべてインターネットで得たということでした。中学生の頃からコンピューターの前によく座っていた理由が、このときはじめてわかりました。
自分らしく生きることができない苦しみ
その晩、渡された資料をむさぼるように読みました。
息子の話と同じようなことが更に詳しく書かれていました。人間の性には心の性と体の性、そして性的指向というものがあり、100人いれば100通りの性があると言えるほど多様なものであること、にもかかわらず、性的少数者=セクシュアル・マイノリティと呼ばれる人たちが偏見に満ちたこの社会の中で自分らしく生きることができないために苦しんでいることを知りました。
次の日に息子から借りて読んだのが石川大我さんの『ボクの彼氏はどこにいる?』でした。思春期の青年が親にも誰にも相談できずこれほど悩んでいるのかと、息子の思いとも重なり涙が止まりませんでした。何の力にもなってやれなかったことが悔やまれました。知らなかったとはいえ私たちの差別的な発言を横で聞いていたこともあったでしょう。たった一人で自分を支え続け、今まで生きてきてくれたことを心から感謝しました。
多くの人に性の多様性を知ってもらいたい
人間の性がこれほど多様で、そこには最後の人権問題と言われるほどの大きな問題があることを知り、どうしてこのような大切なことを教育は取り上げていないのだろうと不思議に思った私は、兵庫県人権啓発協会や教育委員会、そして知人の市会議員のところにも足を運びました。 しかし人権と名のつくところで働いている人達でさえ正しい知識は持っておらず、教育委員会も政治家もまた然りでした。
「一人でも多くの人に性の多様性を知ってもらおう。そして息子のような人達が堂々と生きていける社会を作らなければ・・」そう考えて性の基礎知識が書かれた本を購入しては友人に配り始めました。
そんな時ある本屋で尾辻かな子さんの著書『カミングアウト』に出会ったのです。本には、尾辻さんが自分のセクシュアリティに目覚め、政治家となり、カミングアウトに至るまでのライフヒストリーと共に、アメリカのP-FLAGという親の会について書かれてありました。「この人に相談しよう」そう考えて早速事務所に伺いました。その後、数人の親が集まり、「LGBTの家族と友人をつなぐ会」が発足することになったのです。
親へのカミングアウト
「私たち大人には学ぶ機会がなかったけれど、これからの子ども達には教育していくべきだ。教育を変えるには当事者の親が集まって力を合わせよう。」手始めにいくつかの大学のセクシュアルマイノリティ・サークルにメールを送ってみました。「皆さんの親を紹介してください」と。
その返事に私は驚かざるを得ませんでした。殆どのメンバーが親にはカミングアウトしていないというのです。
また、部屋に置いていたゲイ雑誌で親にばれてしまい仕方なくカミングアウトすると、それ以来母親からはその話題は避けられているし、父親からは汚いものを見るような目で見られている人がいる、とありました。目の中に入れても痛くないほど大切に育ててきた我が子を、カミングアウトされた途端に汚いものを見るような目で見るなんて。ショックでした。子どもの勘違いであってほしい、けれどもしそうなら、そのような勘違いをするほど当事者の心には不安が募っているのかもしれない。
そしてまた一方でカミングアウトされた親がその話題を避け、そんな目で子供を見なければならないとしたら、それは果たして親が悪いのだろうか? いやそうではない。親は何も知らないのです。誰にも教えられていないのですから。世の中には男と女しかいない、そう信じて、実際そのような人にしか出会わずに親も生きてきたのですから。この問題の根深さをあらためて知り、このときから親を集めることよりまず当事者が安心してカミングアウトできるようなサポートをしよう、と考えるようになりました。
講演会を企画する
しかしその一方で正しい知識を広めることは、孤立している当事者の子ども達を支えるためにも急務です。そこで神戸市の男女共同参画市民企画事業に応募し、講演会をしようということになりました。当事者の子どもを持つ親の一番の願いは、先生に正しい性の知識を持ってもらいたいということです。
社会がどんなに間違ったイメージを持っていたとしても、少なくとも先生からの差別発言があってはならないし、子どもが自信を持って生きていけるように正しい知識で支えてほしいと願うからです。この講演会には思春期の子ども達と接している小・中・高校の先生を呼ぼうと話し合いました。400校以上の校長先生宛に案内状を作り終えたとき、突然息子が自分の学校には自分で持って行くと言い出し、次の日担任と校長にカミングアウトしてきたのです。
その後先生からいただいたお電話では「このような問題を知らなかったわけではありませんが、はじめて生徒からカミングアウトされて、今学校は目が覚めたという状況です。まず教師が学んでいこうということになりましたので、講演会に参加させていただきます。」ということでした。講演会の後も学校では大学の先生を招いて勉強会をしてくださっています。
違いを認め合って、一緒に生きていける社会
性について学ぶうちにこの本『セクシュアリティ』にめぐり合い、そこから”人間と性”教育研究協議会(性教協)という先生方の団体があることを知りました。その性教協の先生方の応援を得たことと、「会」のブログがある新聞記者の方の目に留まり記事にしていただいたことで、参加申し込みは急増し、90名を越える参加者で講演会は無事終わりました。アンケートの中には「このような問題があることを知らなかった」「当事者の声が聞けてよかった」「教育が取り組むべき」という声が多く、当事者の高校生が読んでくれた体験作文やブログで募集した当事者からのメッセージ集にも、感動的だったという声が寄せられました。
「つなぐ会」のミーティングは9回を数え、毎回多様な人との交流があります。こらえきれずに号泣されるお母様や、この会を生きがいだと言って参加してくださる70代の当事者の方。遠くアメリカから同じゲイの息子を持つお母様がブログを見つけて応援のメールをくださったり、当事者でもなく家族でもないけれど応援してくださる友人もいます。
息子のカミングアウトを受けるまでの私は、性の多様性を知らなかっただけではなく、そこから始まる人生の多様性、価値観の多様性も知りませんでした。人間はみな生まれながらにして持っている個性があります。多様な性もその一つです。それを大切にして自分らしく生きていくこと。なによりも大切なことではないでしょうか。違いを認め合って一緒に生きていける社会。『つなぐ会』にはその縮図があるような気がします。それがどんどん広がっていくことを願っています。
季刊「SEXUARITHY」22号より転載
N.S(兵庫)